天秤計 [物語詩]
天秤計
航海で使用していた旧式の天秤計が
研究室の陳列ケースに収まっていた
静かな研究室の中で
ザザザッと波の音が響きはじめた
ちゃぷっ
「つめたい!」
波のしぶきが船の甲板まで跳ねた
さっきまでいたはずの
研究室が透明になり
瞬く間に海の匂い
船の甲板上から海景色が広がる
新品の天秤計を持った水兵が
落とせば割れんばかりにそっと
こちらへ持ってきた
「船長、医者の小僧がこんなのを。
値打ちものだなこりゃ」
まだ幼い少年が樽の並んだ端っこに
今にも泣き出しそうに立っていた
「返してやりなさい。
私は、もっと年代物のありかを知っているのだ」
水兵から天秤計を取ると
少年に近づいていった
「大事なものは、部屋でこっそり使いなさい」
わずかばかりの勇気をかき集めて
にらんでいた少年は
ふっと目がゆるんでおだやかな顔になり
こくんとうなずくと天秤計を持って
うれしそうに船内へ続く階段を降りていった
カタンと扉が開き
はっと正気に返った
「天秤計がここにあるのは、
昔出会った船長のおかげだ」
扉の前に立っていたのは
白衣を着た白髪頭の薬学博士だ
「それにしても若い頃の船長にそっくりだ」
「私も昔お会いしたことがある気がします」
旧友と再会したように
ふたりでふっと笑い
旧式の天秤計をじっと眺めた
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